カテゴリ:自分への( 53 )

☆水急不流月☆

2つの虹が同じ空に現れる現象

それをダブルレインボーと呼ぶそうです。

先日東京の空でこの現象をたまたま見ることができました。

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焦って撮ったのでとても分かりにくいですが、実物はとてもきれいで、

心が洗われるような感覚でした。

ハワイなどではよく見られる現象らしいのですが、

虹自体見るのが1年に1度あるか無いかの私にとっては興奮の出来事でした。

気になったので少し調べてみると↓↓参照

「ダブルレインボーの言い伝え」 ←別サイトへジャンプします

「卒業」「祝福」「実現」

最近、正確にはこの数年色々な環境の変化がありました。

そして虹を見たこの日、自分が変わる日そして変わりたいと願った日で、

おそらく人生にとって重大な転機となる1日だったと思います。


転機といっても今までの事を全否定しているわけではなく、

見つめなおすとか改めるという言葉が適しているかもしれません。

日常の生活から、仕事の在り方、生きること、

そのすべてに今まで以上に視点を広げて、向き合っていきたい。


私の父は69歳で他界しています。

私は父の半生をすでに過ぎた歳となりましたが、

94歳で他界した祖父からみればまだ半分も生きていません。


教え、教えられ、助け、助けられ、頼り、頼られ、生かし、生かされ。

和楽器集団「鳳雛」十周年記念演奏会からちょうど2年が経った、

あの虹を見た2017年4月29日、

まだまだ定まらない気持ちと思いが交錯しながら、

この大切な日を忘れずにいきたいと思いました。


水急不流月(みずせわしくしてつきをながさず)


変わらない想いをしっかりと持って、また今日も進んでいこう。

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そんなことを考えていたらダブルレインボーから数日、

また虹がかかりました(笑)

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今度は二本ではありませんがやはりきれい!!


久々のブログが堅苦しいものになってしまいましたが、

私はもうあれです!

BM

です!

ハワイの話なんかしたから

B(バナナボート)M(めっちゃのりたい)!




・・・

さて、お休みの方も、お仕事の方も、

健康にはお気をつけて、

良い1日をお過ごしください。


和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2017-05-02 14:53 | 自分への | Comments(0)

☆薫習☆

たくさんの人が行き交う様子を見て、

「ここにいる人達すべてに人生があるんだ」

と思う方は少なくないと思います。

私はこうして演奏や指導に携わるようになって十数年が経ち、

様々な経験がすべて今に繋がっていると思っております。

お寺の子として生を受け、打つことはほぼ無かったものの、

太鼓のある環境で育ち、家族、両親と過ごしたこと。

小さい頃に父に連れて行ってもらった太鼓の公演の衝撃。

野球が好きで小さい頃から身のこなしを知らず知らずに学んだこと。

ピアノやブラスバンドで音楽の基礎を学んだこと。

学生時代に一度行けなくなった書道教室に今もお世話になっていること。

芝居という形で舞台に立っていたこと。

たくさんの奏者に教わった技術や在り姿。

人生の先輩や後輩、生徒からの言葉やそのすべて。

すべての人達に様々な記憶と経験があって今この瞬間。


私には1人の大切な恩師がおります。

物心がつく前からお世話になっているある男性です。

私の生家のお寺でお世話になっている石屋さん(石材店)の方で、

私に野球を教えてくれた方です。

といっても、幼稚園や小学生時分なのでキャッチボールや、

バッティングとも呼び難いただのフリーバッティングです。

要は遊んでくれて、面倒を見ていてくれた方です。

構えてくれたところにボールがいくと、

「バシン!!あー!いい球だ!!」

と笑顔で投げ返してくれて、

隣の家に飛び込む球を打つと、

「おー!ナイスバッティングだ!!」

と塀を乗り越えてボールを取りに行ってくれて、

打球がその人の股間を直撃しても、痛がりながらも

「勘弁してくれよぉ」

と言って、野球の楽しさを教えてくれた大切な方。


ある時、その方と2人で球場に野球観戦に行きました。

どんな試合展開かは全く記憶にありませんが、

売店で食べ物や好きなチームのグッズを買ってくれたことと、

グローブを持って、ボールが飛んでこないかと、

ワクワクな気持ちとドキドキしていたことは覚えています。

夜遅くに家まで送り届けてくれて、母がその方に、

「ありがとうございました」とお礼を言った後、

その方は母から渡されていた、おそらくお礼や自分の食事代などの封筒を

渡されたそのままの姿で母に返していました。

もちろん子どもの時なので、それがお金だったのかも、

それが渡されたそのままの金額かも分かりませんが、

あの光景を思い出す限りそうなのだと思います。

今思い出したのですが、あの時売店で、

「ちゃんと渡されているから」

と好きなものを買ってくださった。

でもそのお金をその方は使わずに、自分のお財布からぼくに買ってくださった。

背が低くがに股で、少ししか振り返らずに手を振り、

歩くたびに左右に揺れながら帰っていくその姿はとても頼りがいがある背中に見えた。

野球を教わる傍らで、不器用な、しかし粋でかっこいい男も教えてくれていた。


中学に進み、身体も大きくなり、球速も上がっていたある日、

「久しぶりに朋くん投げてみろ」と言われた。

投げた球はその方のミットをはじき、少しバランスを崩した。

「もう捕れねぇや」

そう言って仕事に戻っていった。


慣れた手つきで道具を使い、こぎみ良いテンポで

カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!

と石を打つ。


その日を最後に二度とキャッチボールはしなくなった。

それでも事あるごとに

「朋くん元気か!」

「太鼓どうだ?」

とそのきれいな眼で真っすぐに私を見て話しかけてくださって、

いつも気にかけてくれていた。


太鼓を打つ動作やフリは野球に共通する動きもあって、

今こうして生きている根本を作ってくださった方だと思っている。


今年はじめ、体調が良くないという話を伺った。

2回目にお話を伺った先日の際は、

夏までもたないかもしれない。

そんな耳を疑う話に困惑しながらも、来週お見舞いに伺おうと思っていた。


ぼくはバカだった。

とんでもない後悔を今している。

何を差し置いても飛んでいくべきだった。

その方のお気持ちを尊重して、今の姿を見られたくなかったとしても、

たとえまわりに常識がないと思われて、怒られても、

ぼくは行くべきだった。


少し細くなったその顔はとても安らかだった。

いい思い出しか残っていない。

嫌なことが1つも見当たらない。

なんて素晴らしい人だった。



これからもずっと生き続けるその方に、


いつもありがとうございます。


合掌

兒玉 文朋 拝
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by wadaiko-housuu | 2016-06-11 06:08 | 自分への | Comments(0)

☆立ち返る☆

稽古とは

一より習い

十を知り

十よりかえる

もとのその一

(千利休)


人生の意義は

「何をなすか」ではなく

「何をなそうと胸を焦がすか」

である

(ハリワール・ジブラーン)


意志は常に強く持ちたいですね。


和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2016-02-04 00:37 | 自分への | Comments(0)

本年も和楽器集団「鳳雛」、鳳雛和太鼓教室をご愛顧いただきまして、

誠にありがとうございました。

和楽器集団「鳳雛」は本年十周年を迎え、十周年記念演奏会「あるべきよう」、

高松宮殿下記念世界文化賞での演奏をはじめ、たくさんの学校、イベントでも

演奏の機会を頂戴いたしました。

私自身とても苦しんだ時期も多く、しかしそれがすべて糧となり、

応援してくださる皆さまにそれを形として披露出来ますよう、

また精進していく所存です。


鳳雛和太鼓教室も開講から7年が経ちましたが、

指導をしておりましても毎回多くのことを門下生からも学んでおります。

第四回発表会や、地域のお祭り、東京マラソン応援演奏等様々な方のご尽力で

演奏の機会を頂戴し、次へ、また次へと遅々ではありますが、一歩ずつ進んでいると

考えております。

年明け、2月14日(日)には第四回お浚い会も控えており、門下の皆さんには

この1週間を大事に過ごしていただければと思います。

お浚い会以降停止しておりました新規受講生の体験、入会も再開いたします。

こちらはすでにご予約を承っておりますのでどうぞお気軽にご参加ください。


いつか来るその時を目指して、また一日、そして一打ずつ励んでまいります。

皆さまご自愛専一の上、良いお年を!!

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和楽器集団「鳳雛」代表

鳳雛和太鼓教室主宰

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2015-12-31 15:23 | 自分への | Comments(0)

☆雨奇晴好☆

先日7年前に他界した祖父が夢に出てきた。

何か長い夢を見ていたのですが、祖父が出てきたのは起きる寸前。

遠くから茶系の着物を着て歩いて来て、

自分がそれを見つけて駆け寄って、

泣きながら抱き付くという夢。

祖父は温かい笑顔だった。

1つ違ったのは祖父が実際より背が高かったこと。

もしくは自分が小さかったのかも。

自分より少し小さいはずの祖父に抱き付いたはずが、

ちょうど胸のあたりだった。

といっても実際は祖父とはそんなに仲良しこよししてたわけではなく、

もちろん煙たがっていた時期もありました。

ただ夢に出てきた祖父は本当に優しい笑顔で、

数日経った今でも鮮明に覚えています。

最近なかなか思うように物事が進まなかったり、

少し体調を崩してしまったり、

悩んでしまうようなことも多かったんですが、

気合い入った気がします。


早いもので演奏会から約2ヶ月が経ち、

気持ちも新たにまた挑戦の日々です。

ずっと行けなかった身体のケアをしに行ったり、

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おきれいな奏者さんとお着物で打ち合わせなんかしちゃったり、

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ブロッコリー型隕石みたいなの見つけたり、

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我が家にプチIT革命が起こったり

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なんやかんやであっという間に月日が経っていきます。

日々の1つ1つの出来事が糧となって、

それが実となって、

一音一音につながって、

一つ一つの所作になって、

二度とない今を創り出す。

辛いことや、悲しいこと、

嬉しいことや、楽しいこと、

いいことや、わるいこと、

そんな毎日だからこそ、

「雨奇晴好」

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今日はいつもと違う音だった気がする。


和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2015-06-24 01:26 | 自分への | Comments(0)

最近は教育に関してよく考え事をするようになりました。

どんな職種の人も

「なんでこれが出来ないんだろう。」

「やれば出来るのになぜやらないんだろう。」

と部下や後輩に考える人も多いと思います。

私もそうです。

ただその原因は自分にある。

すべてとは言いませんが、教え方も悪い。

イライラしたり、ピリピリしたり、自分の考えた理想の物事が思い通りにいかないと

必ずそんな気持ちになると思います。

何か怪しいものでもこの後売りつけられそうな書き出しですが・・・。汗


最終目標はブレずにしかと設定して、

それに向かって様々な角度からアプローチをかけること。

その柔軟性と発想と時にそのユニークさも必要になると思います。

最近は子どもの指導でよくその事を考えます。

子どもも大人もそれぞれのペースがあって、

それぞれの考え方やバイオリズムがあって、

性格も違うし、伸びしろももちろん違います。


内から出る感情は作られた表現とは全く違って、

寄せることは出来ても敵わないものだと思っています。

無心になってただそのことに一生懸命になれば、

自然ににじみ出てくるものだと思いますし、

無理強いをすることも無いと思います。


先に出た子どもへの教育と指導ですが、

ここで大事なのがまず自分と向き合うことです。

禅の言葉に

「回向返照」(えこうへんしょう)

という言葉があります。

どうしても

「相手がどう思っているか」

は人である以上無意識に気になることだと思います。

その結果自分がどう動きたかったか、どう伝えたかったかという

根本が大きく変化してしまうことも考えられます。

外への意識を少し自分に向けることで冷静に自分が見え、

目的を思い出し、そこへのプロセスを導き出せるようになります。


人が集中できる時間は限られていて、

そこに大きなレベルアップの階段が隠されています。

そのゾーンに引き込み、階段の先に何があるのかを示す。

ただ登り方までは自分で考えてもらう。

おんぶに抱っこして階段を登ることも出来ますが、

それでは何の意味もありません。

自然に出来るような道筋を指導者が指し示しさえすれば、

子どもは嬉々と大人が思う以上のスピードで駆け上がっていく。


指導ですべてを型にはめて(これも大事ですが)、

同じ一括りにしてしまうことはきっと出来ます。

子ども達は可能性の塊です。

私も小さい子どもの親ですが、何か成長を感じるたびに

自分の無力さを感じたり、驚かされたりしています。

決してワガママだけを聞き入れるのではなくて、

そこに可能性も眠っているはずです。

教える立場はその小さいサインを見逃してはいけません。

もう2度とそのサインは出ないかもしれません。


多方向からのアプローチですが、最近身近にこんなことがありました。


今まで通っていたお稽古事を風邪で2週お休みした子がいました。

2週休んで再びお稽古へ。

しかしそれまでは楽しくやっていたはずのその子が、

たった2週休んだだけで急に疎外感のようなものを感じてしまい、

その翌週そのお稽古場前までは来たものの、

そのお稽古場に大泣きして入ることが出来ませんでした。

母親はどうしてよいか分からずに

「なぜ嫌なのか」

という問いをかけその子は

「出来ないから」「うまくやれないから」

と答えました。

母親は

「大丈夫だから今度は頑張ろう」

と言いました。

またその翌週、朝から子どもは

「頭が痛い」「お腹が痛い」「今日お稽古行かなくてもいい?」

と言い、前回同様稽古場の前までは連れ出したものの大泣き。

母親は

「子どもも嫌だと言っているし、私も辛いから辞めさせようか・・・」

と考えました。

父親は違う角度からお稽古をさせる方法を考えました。

まずその子が大好きな場所、お風呂に入りリラックスした環境で

話を聞くことから始めました。

まずは母親と同じように

父「お稽古どう?明日頑張れる?」

子「んー。わからない。」

何かを感じ取った父親はまた違う角度から尋ねました。

父「幼稚園のお友達はそのお稽古にはいるの?」

子「いない」

父「幼稚園のお友達ってだれがいたっけ?名前教えて。」

子「〇〇ちゃんとー△△くんとー、☆組の◇◇ちゃんとー・・・」

子はスラスラとフルネームでたくさんの子どもの名前を読み上げます。

この子はお友達のフルネームを覚えるのがとても早く、ほぼ正確なのです。

父「たくさんいるんだねー。」

子「だってみんなだいすきだもん」

父「じゃあそのお稽古場にいるお友達の名前誰か言える?」

子「いつもおはなしはするけどなまえはしらない」

父「じゃあ明日お稽古場いったらお名前きいてごらん。

でもまず自分の名前から言うんだよ。

その後にお名前教えてって言ってごらん。

じゃあ練習ー!はい。」

子「私の名前は〇〇です。お名前わからないからおしえてください」

父「上手ー!!

いいこと思いついた!これからお稽古行くたびにお友達の名前聞いて来て、

パパとママに教えてよー。

パパとママは〇〇がお友達沢山出来るのすごく嬉しいんだー!」

子「そしたらどんどんおともだちできるねー!ひゃくにんできるかなー!!」

その会話をした翌日越えられなかった稽古場の入り口をすんなり入り、

とても楽しそうにお稽古をして、父親に電話がかかってきました。

子「お話したお友達は☆☆ちゃんと★★ちゃんだよー!!」

その子はお稽古の入り口の壁を通っただけでなく、

上手く出来なかったことも出来るようになり、

約束通りお友達の名前を聞くことに成功しました。

しかも1人ずつのはずが2人も。

その後そのお稽古に行くのが楽しみになったことは言うまでもありません。

目標を「楽しくお稽古に通えて、かつ楽しみを作る」に設定した結果。



子どもは気移りが激しくそれをただのワガママにとらえてしまうのも

(もちろんその場合もありますが)だいたいは大人の都合です。

発想の転換や柔軟性でピンチはチャンスにもなります。

持続継続するのは大人にも負荷がかかるかもしれませんが、

ふと気が付いたときに立ち止まってプロセスを考えてみてはいかがでしょう。


と長々と自分に言い聞かせる午前3時半。

さてもう一仕事して寝よう!

皆さん年末もご多忙かと思いますが、くれぐれもご自愛ください。

和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2014-12-14 03:34 | 自分への | Comments(0)

☆千里同風☆

文京区根津の「松屋書店」という本屋さんによく通っていた。

小さい頃はそれこそ漫画が目当てで、その品ぞろえの多さに、

良く胸をときめかせていたものだ。

自動ドアが開き、いつもの紙の香り。

入ってすぐ右にはレジカウンターがある。

そこにいつもいたのが浅田さんだ。

親ほど離れた年のその男性は、小さかった私は少し怖さも感じていた。


ある時こんなことがあった。

小学校高学年の頃だと思う。

私はある本を読みながら店内を移動したことがあった。

(今思えば何をしたかったのか・・・。)

はっと気が付いたら浅田さんが私の後ろに立っていた。

もちろん私は叱られた。

他のお客さんもいて、私は本を戻し、そそくさと帰った。

不思議だったのはそこから敬遠するわけでもなく、

私はまた松屋書店に出かけていた。


その頃から私は浅田さんと会話をするようになった。

歴史に興味を持った頃、浅田さんはおすすめの本を教えてくれたり、

それこそ何気ない会話をするようになった。

奥様の成子さんもいつも優しい笑顔で私を迎えてくれた。


中学、高校になり、前ほど通えなくなった私だったが、

それでも顔を出すといつも気にかけてくれた。


成人して、ある時衝撃の事実を知った。

「ここ閉めることにしたんだ。」


閉店の日、半分下りたシャッターをくぐると何人かで本を片づけていた。

その中に浅田さんご夫妻を見つけた。

浅田さんは私を見つけるとなんとも言えない表情でこう言った。

「好きな本なんでも持って行ってよ。」

私は何も考えられず2,3冊の小説を頂いた。

帰り際、浅田さんの奥様は泣いていた。

浅田さんも涙をこらえていたように見えた。

今でもその顔は忘れることができない。


その後少し疎遠になったが、2008年のコンサートの際に、

松屋書店のあったマンションに浅田さん宛に案内を入れた。

私は浅田さんがそのマンションに住んでいると思い込んでいたのだが、

実は違う場所に住まわれていて、わざわざ管理人さんが浅田さんに手紙を

届けてくれたらしい。

そんな優しさもありながら、浅田さんはコンサートを観に来て下さった。

楽屋にスタッフから連絡があり、私は浅田さんと再会した。

その時のご夫妻の顔も今でも鮮明に覚えている。

またこのご夫妻の為にも良い作品を創ろうと強く思えた。


昨日成子さんから手紙が届いた。

ご主人が亡くなったとの知らせだった。

私は一気に浅田さんの笑顔や、会話、書店のことを思い出し、

思わず涙がこぼれた。


浅田さんは本を愛し、人を愛していた。

よく考えればそこまで深い付き合いではなかったのかもしれない。

ただ、私は浅田さんという、かけがえのない人に出会えた事に感謝している。


また頑張ろうと思えた。

今週は父の一回忌。

いつかまたどこかで。

合掌


和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2012-11-27 04:57 | 自分への | Comments(0)

☆夜中はたいがい☆

たまにこんなこと考えたり。

今何気なく道を歩いている。

どこかの目的地に向かって。

たとえばふと1秒でも立ち止まって、

違う足から歩き始めたら、何か変わっているのか。


目線を上にする。

反対に伏せてみる。

振り返ってみる。

結局は自分で決断して動いている。

行くべき道は自分で決めている。


ふと悲しい事を思い出したり、

やるせない気持ちになったり、

受け入れられない現実と闘ったり、


なぜ生きるのか。

なぜ死ぬのか。

なぜここにいるのか。


指導の際に話した一言は、

聞いたその子にとって

今後何かの決断のきっかけになったり、

視野を広めたり、逆に狭めたりすることになる。



一人の決断は多くの人に関わりを持つことになる。

そんな気がします。


踏み出した一歩も、

虚勢を張った自分も、

すべての決断の連続が、

見えない何かと繋がりを持つことになる。


一つの音。

創り出す音。

創り出す感情。

創り出す空間。


生きるってなんでしょうね。


和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2012-04-30 03:48 | 自分への | Comments(0)

父の逝去から今日で2ヶ月が経ちました。

冷静になればなるほど現実は受け入れがたいものですね。

予想はしてましたが。


「人は死んだらどうなるのか」


永遠に答えは出ないのかな。

それともいつか解明するのかな。

家の宗派ではどうなることになっているのか。

そんなことすらお寺に生れたくせに分かりません。

実は高校3年生の時、部活を引退して、自分の道を考えたときに、

少しだけこのことを考えて、仏門に入ることも考えました。

その時はまだ本格的になんて考えてなくて、

今こうしてそれを考えると結局あれから十数年経っているのに

何も変わらず終いです。


父は事あるごとに私に仏の道を勧めました。

そしてその度に

「俺にお経なんてよまれたら浮かばれないよ」

と言葉を濁し、逃げ続けていました。

「いざとなったらお寺があるからね」

とまわりの人に言われる度に、何か逃げ道のあるような、

そんな反発心なんかもありつつ、今こうして好きなようにさせて頂いてます。

実家は先日、兄が住職となり、毎日を奔走しているようです。


不思議なのはいつも父が今の自分をどう思っているのか、

常に気にしていました。

きっとどこかで仏門に入らなかった自分が、今この仕事をして、

こんなことをやった、あそこに行って演奏してきた、

だから

「こいつはこいつで頑張っているんだな」

と思って欲しかったのかもしれません。


前のブログにも書いたことがあるかもしれませんが、

自分は「今日は最高だった!!」

と演奏後に思ったことはありません。

うまく書けないので語弊があるかもしれませんが、

例えば観にいらした方に「よかった」と言われる程、申し訳ない気持ちになる人間なんです。

日々せわしなくその準備をしても、もっと、と思えるこの今の仕事が大好きです。


そんな不満足をあたかも満足しているように、

自分でもわかっているのに、

上辺だけの

「俺は大丈夫だから」

を父に伝えていました。

きっとそんなのお見通しなんだろうな。


病床で父は

「なあ文朋、なかなか死ねないっていうのも辛いもんだなぁ。」

と何度か口にしました。

去年の夏、一時退院をした父は知らない間に写真室に

自分の遺影の撮影に行っていました。

自分の退院をしたのに死期が分かっていたように。


そんな様子を見ながらも何も出来ない自分が腹ただしかった。


ただ一つだけ、孫の顔が見せられた事。

本当によかった。

あんな父の顔は初めて見た。

くしゃくしゃにほころんだだらしない顔で、

孫の名前を呼ぶその顔は今でも鮮明に思い出せる。

生れたての時は抱っこしてと頼んでも、

「いや、私は・・・。」

なんて言ってたくせに、

少しも経たないうちに自分からしてくれたり。

そして退院していた時期に一緒に海に行けたこと。

突然「海がみたい」なんてドラマみたいなことを言って、

体力も気力も弱っていたくせに。


子どもには何度も何度も

おじいちゃんは君のことを本当に愛していた

と教えたあげたい。

たった1年4か月しか一緒に居られなかったけど、

本当に想っていたと伝えようと思う。


死んでなお大きい存在になった気がします。

太鼓を打つ時、大太鼓が特に多いのですが、

最近よく父を思い出します。

大太鼓を打っていると、不思議とどこかにいるだろう父に届いている気がしたり。

そんな大それた奏者では無いんですが、なんかこう。


なんか感傷的になった。

さ、仕事しよっと。

お父さん、じゃあね。

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和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2012-02-24 03:41 | 自分への | Comments(0)

☆自然【じねん】☆

まずはじめに、たくさんの温かいお言葉、誠にありがとうございました。

そしてブログ久しぶりで申し訳ありません。

何度か書きかけたのですが色々まとまらなくて・・・。

という言い訳は父にも悪いのでやめてまた今年も頑張ります!!

落ち着いたら思い出話でも自分の為にUPしようと思います。


年末あたりからかいつまんで書きます☆汗

まず私31歳になりまして。

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(生徒さんに頂きました☆)

その2日後に煌★バンドのChristmasLiveにのせて頂き、

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(私はどこでしょう??)

その後父のことがあって、密葬があり、

年末年始で大太鼓がっつんがっつん打ちまして、

(ソロだったので画像なしですいません。汗)

予想通りバタバタしまして、急いで大掃除兼メンテナンス。

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(締めを締めなおしてます。ヒーヒーです。汗)

あれよあれよと教室も始まり、新春イベントやらに追われています。汗


あっという間に2012年も半月が経ち、

色々思い返したり、そんな時もたまにありますが、

今はなんか大丈夫です。

やることやって、精一杯生ききる。

そんな毎日です。

深呼吸。


また1年、

また1か月、

また1週間、

また1日、

また1時間、

また1分、

また1秒。

1つずつ。




和楽器集団「鳳雛」

兒玉 文朋
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by wadaiko-housuu | 2012-01-16 05:09 | 自分への | Comments(0)